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大阪地方裁判所堺支部 平成6年(ヲ)478号 決定

主文

大阪地方裁判所堺支部平成六年(ル)第四四五号債権差押命令申立事件において、平成六年六月二一日に発せられた債権差押命令のうち、別紙差押債権目録一記載の範囲を超える部分を取り消す。

理由

一、申立ての趣旨は「大阪地方裁判所堺支部平成六年(ル)第四四五号債権差押命令申立事件についてなされた債権差押命令に基づく差押(以下「本件差押え」という。)額は、別紙差押債権目録一記載の限度とし、これに反する部分を取り消す。」というもので、申立人はその理由について、「申立人は大阪狭山市立北小学校に教諭として勤務する地方公務員で、大阪府住宅供給公社の賃貸住宅において、うつ病のため通院自宅療養中の長女と二人で生活しているものであるが、申立人は公立学校共済組合から同組合貸付規定に基づき金員の貸付を受けて元金残額が平成六年六月現在で金一六一七万六三二四円あり、その償還のため現在も毎月の給与及び期末勤勉手当から相当額の償還金を控除されて給与等を受領するところ、これまでにも本件差押えと同趣旨の給与債権等の差押えが数回なされ、第三債務者はその度に上記償還金を差押禁止額から差し引くとの立場で申立人に給与の支払いを行ってきたため、申立人はその都度債権差押範囲変更の申立てをなして差押禁止範囲変更の決定を得て生活を維持してきた。したがって、第三債務者は今回も平成六年七月以降給与等から本件差押え分を控除した残額から右償還金を更に控除するため、家賃四万八二〇〇円(共益費を含む)を支払うと申立人の手許には約五万円しか残らず、食費、光熱費及び長女の病院代等を支払うと生活に破綻を来す。」というのである。二、そこで判断するに、記録によれば、本件差押えが認められた範囲は別紙差押債権目録二のとおりであること、申立人は大阪狭山市立北小学校に勤務する地方公務員で、平成六年四月及び五月における給与から所得税等の法定控除額を除いたいわゆる手取額はいずれも月額四四万一一三六円、同年六月のそれは月額四八万〇四三六円(但し、同月は給与から住民税は徴収されていない)、平成六年六月における期末・勤勉手当のそれは一一五万九二九六円であったこと、大阪府住宅供給公社の賃貸住宅に長女(昭和四六年五月一七日生)と二人で居住し月額四万五七〇〇円の家賃を支払っていること、共済組合から金員の貸付を受け平成六年六月現在で一六一七万六三二四円の元金残高があること、その償還のため公立学校共済組合貸付規定に従い平成六年四月ないし六月は給与の手取額からいずれも一〇万三〇八二円、平成六年六月は期末・勤勉手当から一五万二一五七円を控除されて第三債務者から共済組合に払込みがされていること、右償還はいずれも給与等の前記手取額から差押額を控除した額からなされていること、長女が精神神経症を患い今後も長期間通院加療が必要とされること、申立人は償還金控除後の現実の給与受取額から家賃を捻出できず、現在平成六年四月分以降の家賃を滞納せざるを得なくなっていることが認められ、右によれば、本件差押えを前提に申立人が現実に受領する給与月額及び期末・勤勉手当は、それぞれ約一〇万円強、約六万円弱となり、申立人はこの中から前記家賃の支払いを含め生計を立てなければならないことになるが、現に家賃を滞納せざるを得なくなっているなどこのままでは申立人が経済的に困窮して生活を維持できなくなることは容易に推測できる。

ところで、法が差押禁止債権の範囲を定めた趣旨は債務者の最低限度の生活を保障するにあるから、給与債権等の差押えを受けた債務者が特定の債権者に弁済するといった負債の減少に要する支出分は原則として差押えの対象から除外することはできないというべきである(債務者は法定された差押禁止の範囲内で弁済すべきであり、それが不可能とあれば、債権者はすでに給与債権等の差押手続をとった他の債権者とともに執行手続に従って平等に弁済を受けるようにするだけである。)。他方、地方公務員等共済組合法(地共法)一一五条二項は、組合員の給与支給機関は、組合員が組合に対して支払うべき掛金以外の金額があるときは、給与を支給する際、組合員の給与からこれらの金額に相当する金額を控除してこれを組合員に代わって組合に払い込まなければならないものとしており、第三債務者は、この規定に従い償還金を控除して組合に払込み、申立人にその余の額を給与として現実に手渡しているようである。そして、この規定は組合の組合員に対する債権の回収を確実にして組合の財源を確保し、それによって組合員への福祉増進を図るとの趣旨に基づくもので、償還金の控除及び払込みは給与支給機関の義務として組合員の意思や生活状態等を問わず行われ、組合員は他の決済方法を選択できないのである。したがって、第三債務者による償還金の控除及び払込みが申立人の債務の弁済を代行するものであるにほかならないとしても、差押禁止債権の範囲を定めた趣旨に照らすと、上記控除及び払込みは民事執行法一五三条一項の「生活の状況その他の事情」のひとつとして考慮しうるといわざるを得ない。そして、申立人に生活費を浪費していること等の事情は窺われないこと、それにもかかわらず申立人は家賃を滞納せざるを得ないなど経済的に極めて困窮してきていることが窺われること、被申立人は社団法人で差押禁止範囲の拡張が直ちに法人の存続に関わる等の事情は考えにくいことを併せ考慮すれば、差押禁止範囲を拡張して申立人の最低限度の生活を保障すべきであり、既に認定した償還金の月額に加え、民事執行法上給与債権等の差押えが禁止される範囲は原則として支払期に受ける給付の四分の三に相当する部分とされ(同法一五二条)、その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定められた一か月二一万円を超えるときは二一万円が差押禁止範囲とされていること(同法一五二条一項、同法施行令二条一項一号、二項)を総合考慮して、本件差押えの範囲を別紙差押債権目録一記載の限度まで減縮し、それを超える部分を取り消すのが相当である。

もっとも、その結果、共済組合は事実上他の債権者に優先して申立人に対する債権の弁済を受けることになるが、地共法が償還金等の控除及び払込みを給与支払機関の義務と規定している以上、そこまでは法が容認するものといわざるを得ない。そして、申立人が破産した場合上記控除及び払込みが否認の対象となることまでを否定するものではなく、破産手続上優先弁済を受け得る効力を認めたわけではないのだから、被申立人が主張するように、地共法一一五条二項に基づく組合への払込行為が破産法七二条二項の否認の対象となることを認めた最高裁平成二年七月一九日第一小法廷判決に抵触するものではない。

よって、本件申立ては理由がある。

差押債権目録一

金五、三一三、六三八円

債務者が第三債務者から支給される

(1) 平成六年七月以降毎月支給の給料(通勤手当を除くその余の諸手当を含む)から、所得税、住民税、共済組合掛金などの法定控除額を差し引いた残額の四分の一

但し、上記残額が月額四一七、四四二円を超えるときは、その残額から三一三、〇八二円を控除した金額

(2) 各期の期末手当、勤勉手当(特別手当等の賞与の性質を有する給与を含む)から、上記(1)と同じ税金等の法定控除額を差し引いた残額の四分の一

但し、上記残額が四八二、八七六円を超えるときは、その残額から三六二、一五七円を控除した金額にして、この決定送達時に支払い期がある分以降、頭書金額に達するまで、

なお上記(1)、(2)により頭書金額に達しないうちに退職した時は、

(3) 退職金から所得金、住民税等の法定控除額を差し引いた残額の四分の一にして、上記(1)、(2)と合わせて頭書金額に満つるまで。

差押債権目録二

金五、三一三、六三八円也

債務者が第三債務者から支給される

(1) 毎月の給与(棒給、給料等の基本給及び諸手当。但し通勤手当を除く)から、給与所得税、住民税、共済組合掛金等の法定控除額を控除した残額の四分の一。

但し、上記残額が月額二八万円を超える時は、その残額から二一万円を控除した金額。

(2) 各期の期末手当、勤勉手当(特別手当等の賞与の性質を有す給与を含む)から、上記(1)と同じ税金等の法定控除額を控除した残額の四分の一。

但し、上記残額が二八万円を超える時は、その残額から二一万円を控除した金額。

にして、この命令送達時に支払期にある分以降、頭書金額に満つるまで。

なお、上記(1)、(2)により頭書金額に達しないうちに退職した時は

(3) 退職金から所得税、住民税等の法定控除額を控除した残額の四分の一にして、上記(1)、(2)と合わせて頭書金額に満つるまで。

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